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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)2494号 判決 2000年5月12日

原告

藤井研一郎

右訴訟代理人弁護士

宮本圭子

被告

株式会社大和銀行

右代表者代表取締役

海保孝

右訴訟代理人弁護士

夏住要一郎

田辺陽一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一一八七万九五〇七円及びこれに対する平成一一年一月九日から支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、被告を退職するに際し申し込んだ被告における早期転職支援制度の適用を求め、右制度による割増退職金等を請求し、また被告が不当に右割増退職金等相当額を利得したとしてその返還を請求した事案である。

二  当事者間に争いがない事実

1  原告は、昭和五六年四月一日、被告との間で労働契約を締結した。原告は同年から昭和六二年まで支店で勤務したのち、社団法人日本経済研究センター、ザ・コンファレンス・ボード(米国ニューヨーク市)、株式会社大和銀総合研究所、株式会社ピーアイ投資顧問に順次出向後、平成一〇年四月から被告の本部の信託財産運用部で勤務していた。

2  平成一〇年九月二五日、被告は「早期転職支援制度(ニューライフ・プラン支援制度、以下「本制度」という。)第三回募集について」と題する左記内容の通達を全店に配布した。

(一) 対象者 平成一〇年九月三〇日現在、勤務一五年以上かつ満四〇歳以上の総合職職員

但し、部店長、不動産鑑定士、不動産鑑定士補、日本アクチュアリー正会員、日本アクチュアリー準会員の資格を有する者を除く。

(二) 募集期間 平成一〇年一〇月一日から平成一一年一月二九日

(三) 支援内容

(1) ニューライフプラン支援金 定例給与の一八ケ月分

(2) フレッシュアップ準備金 定例給与の三ケ月分

(3) キャリア開発準備金 二〇万円

当時、原告の定例給与は五五万六一六七円であり、原告について本制度の利用申し出が承諾された場合の支給額は、一一八七万九五〇七円(ニューライフ・プラン支援金一〇〇一万一〇〇六円、フレッシュアップ準備金一六六万八五〇一円、キャリア開発準備金二〇万円)であった。

3  平成一〇年九月三〇日、原告は、直属の上司である公的資金運用部の森永忠文次長(以下、「森永次長」という。)に退職の意向を告げた。原告は、同年一一月二日、本制度の申し出を行ったが、同月九日人事部長名で、原告宛に本制度利用不承諾通知が交付された。

4  原告より、森永次長、人事部を経由して平成一〇年一二月三〇日付けをもって退職したい旨の同月一日付け退職届けが被告頭取宛に提出され、被告が承諾したため、原告は同月三〇に(ママ)退職した。

三  当事者の主張

1  原告の主張

(一) 本制度についての被告のなした通達は、本制度利用の申し込みであり、原告の利用申し込みは承諾である。従って、原告は、本制度に基づき、被告にニューライフプラン支援金等を請求しうる。

(二) 通達が申し込みでないとしても、被告の承諾の要件は公序良俗に反し無効である。

すなわち本制度の利用について被告の承諾が要件となると、被告が承諾しない限り、労働者は雇用契約を継続するか、本制度の利用を受けずに退職するかを選択せざるをえないが、仮に雇用契約の継続を選択したとしても、古くからの日本的な忠誠心を重んじる多くの日本の大企業においては、「会社に対する忠誠心がない」ということで将来の途が閉ざされていることは目に見えており、事実上退職に追い込まれることになるのである。このような状況下で、本制度についての被告の承諾を要件とすることは労働者に大きな不利益となるからである。

なお被告は、本制度利用を申し込みこれを撤回し、後に昇格した行員がいると主張するが、当該行員は同期の行員より少なくとも七年間は昇格が遅れており、その後の昇格は、本制度の利用を申し込んだ者に対し不当な取り扱いを行わないことの証明にはなりえない。

(三) 本制度の対象者は、本制度に関する規定(以下単に「規定」という。)から、さらに通達により大幅に絞り込まれている。規定と通達を比較すれば、一般通常人であれば、この通達上絞り込まれた対象者に該当すれば、転職先が競業会社である、あるいは出向中であるといった特別の事情のない限り不承諾ということはありえないと考えるものである。通達よりもさらに制限を加えるのであれば、二番目の制限である通達は無意味である。このような本制度の申し込み後にさらに恣意的な選択が行われるとは全く予想もできないことであり、恣意的判断に基づく被告の不承諾は信義則上許されない。従って本制度における承諾の要件は、右のような不承諾とすることができる特段の理由がある場合にのみ問題となるとすべきであり、本件においてはかかる特段の理由がないから、ニューライフプラン支援金等の支払いについて合意が成立している。

(四) 原告は、公的資金運用部において、それまでの経験を全く生かせない業務を委ねられたうえ、本来それまでの経験を生かした発言が許されてもよい場においても上司から発言を禁止されるなどの嫌がらせを受けていた。また原告の所属部の直接の上司である森永次長は、原告に対し、連日二時間に及ぶ内容の注意を行ったり、公的資金運用部の香西幸夫部長(以下「香西部長」という。)もそれを黙認していたものである。この森永次長の注意の内容は、到底アナリストとしての経験を有する原告に対して二時間もかけて行うべきものとは思われず、明らかな退職強要であった。そして、原告の昇格は同期の行員に比較して少なくとも五年は遅れており、原告は人事部からも間接的に退職勧奨を受けているものと理解していた。さらに原告が本制度の利用の申し込みを行った後も、他の本制度の利用申し込みを行った行員とは異なり、人事部は、原告に何らの希望も聞かず、慰留も行わなかったのである。

かかる事実関係からすれば、被告が原告の本制度の利用を拒否することは信義則上認められない。

(五) 原告は第三回の本制度の申込者であるところ、第一回、第二回は実質的に全ての利用者に承諾が与えられている。かかる本制度の利用状況をみれば、被告においては本制度の利用の申込みに対してはこれを承諾する労使慣行があったといえる。

(六) 原告と被告との間には、約一八年間にわたる雇用契約が存在していた。そして被告からその雇用契約を前提とする本制度の利用の申込みあるいは誘引がなされたという事情がある。そして本制度利用規定や通達の内容を一般通常人が判断する限り特段の理由もなく、本制度の利用を拒否することはできないものと解される。このように原告・被告間に特別に社会的接触という客観的事実が存在する本件のようなケースにおいては、合意契約の形成段階における法律関係・社会的接触関係を律するものとして事実的契約関係の成立が認められるべきである。

(七) 被告は、原告の申込みに対し承諾義務が存在するにもかかわらず、違法にこれを拒否することによって本制度の利用に基く(ママ)金員の支払いを免れたものであり不当に利得を得たものである。よって、原告は被告に対し本制度利用によって得られた金額について不当利得返還請求権を有する。

2  被告の主張

(一) 通達及び規定には、本制度の利用のためには被告の承諾が必要であることが明記されているのみならず、仮に原告の利用申込みが承諾であるとすると、右承諾により雇用契約の合意解約が成立し、その後には利用者の申し出は撤回できないはずであるにもかかわらず、規定上被告の承諾前であれば申し出を撤回することができることになっていることからすると、本制度に関する通達は雇用契約の合意解約の申込みの誘引であることは明らかである。

(二) 原告は本制度に関する承諾の要件は公序良俗に違反すると主張するが、従業員には本制度を申込むか否かの自由があり、また本制度の申込みが不承諾となったとしても何ら不利益を受けることなく雇用契約を継続するか通常の退職金を得て退職することが可能であるから本制度に承諾の要件を設けることにより従業員が不利益をうけることはない。

そもそも本制度は、「転職または独立等により新たな人生を選択すべく、退職を希望する職員を支援する」ことにより、当該職員の将来に資するとともに、被告にとっても人件費を削減し、財務状況の改善ひいては被告の業務の円滑な遂行・発展を図ることを目的としたものである。しかしながら被告には、早期に退職されては業務遂行上支障をきたす必要な人材も存在し、そのような人材を本制度により割増退職金を支払って退職させたのでは、業務の円滑な遂行・発展という本制度の最終的な目的に反し、制度の趣旨を全く損なうことになる。このため被告は、本制度の利用に関し承諾を要件としたのであり、同要件を設けることには十分な合理性が認められる。

(三) 本制度の利用のため、被告の承諾が要件となっていることは「通達」等によって明らかであり、仮に原告が主張するように被告の判断に基づき不承諾とすることが信義則上許されないとしても、承諾、不承諾の適否の問題は生じても、不承諾という事実が変わるわけではなく、承諾がない本件で本制度に基づく合意解約は成立しないことは明らかである。

また、本制度の利用申し込みに対して、被告が承諾するか否かは、思想信条による差別・不当労働行為に該当する等の不合理な理由がない限り自由であると考えられ、承諾しないことについて特段の理由など必要ない。原告は、規定、通達において対象者を制限しているのであるから、それ以上の制限は許されないと主張するが、当該従業員に割増退職金を支払っても退職してもらった方が被告の業務の円滑な遂行・発展にかなうか否かは個々に判断する必要があるため、通達においても「業務上の諸事情などを勘案のうえ、制度利用をするか否かを決定」すると記載されているのであって、各従業員にも、被告が右の観点から承諾、不承諾を決することは明らかであるから、承諾しないことについては被告の裁量で行うことが許されない理由はない。

(四) 被告は、原告にコストをかけてエコノミストとして養成しており、また数少ない専門家として活躍を期待していたところであり、本制度による退職を承諾することは、人件費削減によるメリットよりも業務上のデメリットの方が大きいことから業務の円滑な遂行、発展という本制度の目的に適わないと考え不承諾としたのである。

被告の信託財産運用部は、原告の退職の申し出を受けて、直属の上司である森永次長、香西部長、信託財産運用部の河上芳明部長(以下「河上部長」という。)が慰留に努めたが、転職先も決まっていることもあり原告を翻意させることはできなかった。また被告人事部も原告の退職の意思が固いことを所属部から聞いていたこともあり、それ以上の慰留はしなかった。そして被告が原告に慰留を続けていた時点では、原告から本制度の利用の申し込みはなかったのである。

原告は、それまでエコノミストとして研究、研鑽をしていたにもかかわらず、平成一〇年四月に突然従前の勤務内容と何ら関連のない信託財産の運用を委ねられて驚き、とてもスペシャリストとしての活躍を望めるような状況ではなかったと主張するが、信託財産の運用のためには、債券、株式、為替等の市場に精通しておかなければならず、マクロ経済学や市場動向などのエコノミストとしての能力は不可欠であって、信託財産運用部は原告にとって適所であったといえる。また原告は出向先の株式会社ピーアイ投資顧問においても株式や債券市場の調査を行っており従前の勤務内容となんら関係がないといった事実もない。

(五) 本制度の申込者に対する承諾の状況は、第一回募集時の申し込み者一五名のうち一四名が承諾、第二回募集時の申込者一一名うち一〇名について承諾、第三回募集時の申込者一六名うち一二名について承諾、第四回募集時(但し平成一二年一月二〇日現在)の申込者一一名のうち九名が承諾というものであり、本制度について利用を承諾する慣行が存在したという事実はない。

(六) 原告は、本制度の適用に関し「事実的契約関係」の成立が認められると主張するが、原告が主張するところの「事実的契約関係」がいかなる要件において認められ、いかなる法的効果を有するものであるか明らかでないが、そもそも「事実的契約関係」なる概念自体、日本の法制度において認められておらず、原告独自の理論に過ぎない。

(七) 被告には、前述のとおり原告の申込みを承諾する義務はなく、仮に承諾する義務があるとしても、不承諾という事実が存在し、合意解約が成立していない以上、被告が割増退職金を支払わないことは法律上の原因があるのであるから、不当利得の要件を欠くというべきである。

四  争点

1  原告対(ママ)する本制度適用の有無

2  不当利得返還請求の成否

第三当裁判所の判断

一  証拠(<証拠・人証略>、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

1  被告では、平成七年秋に米国で損失事件が発生したことから、平成八年一月から経営の抜本的見直しを迫られることになり、同年三月末の行員約九一〇〇名を、平成一二年三月までに七〇〇〇人に減少させることを計画した。他方、当時被告行員の中にも被告に定年まで在籍することなく新たな生涯設計のため転職を希望する者も存在していた。このため平成八年五月二三日、被告の人員削減、人件費削減を行い被告の業務の円滑な遂行・発展を図るとともに転職や独立を希望する被告行員への支援を図るべく、被告においていわゆる早期退職優遇制度である本制度を設けることになった。ただし行員の不安を助長するのを防止するため、規定上制度の目的として人員削減は掲げなかった。

しかし、本制度により、被告にとって有為な人材が流出することは、被告の業務上の支障を来すことから、本制度申し込みの対象者を「原則として勤続一〇年以上かつ満三〇歳以上の総合職コース職員(専任級の者を除く)のうち、被告からの再就職斡旋を受けることなく、転職等のために退職を希望する者で、被告が募集の都度に定める基準に該当する者」(規定二条)に限定することとした。そのうえで、本制度の利用の可否を決するには、個々の行員の事情を考慮し、業務の円滑な遂行・発展という本制度の趣旨に適うか否かを検討することが必要であるとされたことから、対象者からの申し出に対しては「被告は・・・対象者の転職予定先あるいは銀行の業務の諸事情等を勘案して本制度の利用を承諾するか否かを決定」するとした(規定四条二項)。また利用申出者は右被告の「承諾の是非が決定される以前であれば、部長宛に書面にて申し出ることにより撤回することができる」とされた(同条三項)。

2  本制度の利用申し込みは申込者の所属部を通じて人事部長宛に提出され、人事部の担当は、所属長に対し、申し込みに至った経緯、転職先、所属長の意見等について記載された書類の提出を求めるとともに、応募条件に適合するかといった形式審査を行い、さらに被告の業務の円滑な遂行・発展という制度の趣旨に照らし、利用申し込みを承諾しても問題がないと考える場合はその旨人事部長に伝えて決裁を求め、他方承諾について問題があると考えた場合は人事部長、人事部次長と協議のうえ、最終的に人事部長が諾否を決することになっている。特に退職により業務に支障を来すような行員からの申し込みに対しては人事部が慰留に努めるように所属部に指示したり、人事部自らが慰留を行うこともあった。

3  平成八年五月二三日以降、本制度について四回の募集が行われた。第一回募集時(同年六月三日付け通達)には、申込者一五名のうち一四名が承諾され、残り一名については被告が配転を提示し、申し込みを撤回して、現在も被告において勤務している。第二回募集時(平成九年九月一六日付け通達)には、申込者一一名のうち一〇名について承諾、残一名については、当時出向中であり退職により出向先に迷惑がかかるとともに出向先の被告に対する信用を失墜することから不承諾となり、出向期間経過後の第三回募集時に本制度を利用して退職となった。第三回募集時(平成一〇年九月二五日付け通達)には、申込者一六名(原告を含む)のうち一二名について承諾となった。不承諾となった四名のうち原告以外の者については、一名は出向中であったことから、第二回募集時の不承諾者と同様、出向期間経過後第四回募集時に本制度を利用して退職し、また一名は財務コンサルタント係のコンサルタントとして金財FP一級の資格を有し被告重点推進業務であるプライベートバンキング業務に従事していたものであることから、人事部が面談のうえ不承諾の予定を告げて慰留したところ、申し込みを撤回し、被告で勤務するとともに、その後昇格になっている。さらに残り一名(小松某)もスペシャリストとして期待していたことから不承諾予定を告げて慰留したが、正式な決定が欲しいとして不承諾決定となるとともに、本制度を利用することなく被告を退職した。第四回募集時(平成一一年九月二九日付け通達)には平成一二年一月二〇日現在で申込者一一名のうち九名が承諾、一名が不承諾となり退職し、一名は検討中である。

4  原告は、昭和五六年四月一日に被告に入行し、当初は貸付や預金窓口など一般的な行員としての業務を行っていたが、昭和六二年以降、社団法人日本経済研究センター等に出向し、エコノミストとしての研修、研究を行うようになった。原告は平成一〇年四月から被告本店の信託財産運用部の所属となった。同部で、原告は株式、債券の市場動向の分析、マクロ経済の分析といった業務ではなく、資金の委託者に対する運用実績報告書の作成を命ぜられた。原告は、自己のエコノミストとしての経験は全く生かしようもないと考え、また森永次長から文書の記入ミスで約二時間にわたり厳しく注意されたことなどがあり、同年九月三〇日、森永次長に同年一二月末付けでの退職の意向を伝えた。森永次長は、香西部長に原告の退職の意向を伝え、同年一〇月一日香西部長は原告と面談し、原告の退職の意向確認をし、退職の理由を尋ねた。また原告は、香西部長の上司である河上部長とも面談したが、原告の退職の意向は変わらなかった、同月一〇日過ぎころ、原告は本制度利用申込書を森永次長に提示し、このような形式でいいのかと尋ねたりした。同年一一月二日、原告は本制度の利用申込書を提出した。被告の人事部は、原告は被告がコストをかけてエコノミストとして養成し、今後被告の強化部門である信託財産運用部におけるスペシャリストとして期待していた人材であるとして不承諾を決定した。ただし原告に右不承諾の決定を通知する以前に、本制度の利用については被告の承諾が必要であることを、原告が理解していないかもしれないとの危惧から、同月六日香西部長の後任の上木武憲部長を通じ、森永次長をして原告に対し、本制度の利用のためには被告の承諾が必要であるかを承知しているかを確認したところ、原告は承知しているとの報告がなされた。そして同月九日に、原告に対し本制度利用不承諾の通知がなされた。

二  争点1について

1  原告主張(一)について

前記認定のとおり、本制度の利用の申し出については、規定上被告の承諾が決定される以前であれば、申し出の撤回ができるとされていること、被告の業務の円滑な遂行・発展という観点から、被告にとって有為な人材は確保しておきたい等の理由から、制度の利用を申し出てきた者を選抜する必要があり、このため承諾という要件が加えられたという本制度、制定の経緯に鑑みれば、本制度の通達は申し込みの誘因(ママ)にすぎず、原告の申し出をもって承諾とする原告の主張は認められない。

2  原告主張(二)、(三)について

前記認定のとおり、本制度の利用について被告の諾諾を要件とした趣旨が、退職により被告の業務の円滑な遂行に支障がでるような人材の流出という事態を回避しようというものであって、それ自体不合理な目的とはいえない。そして、承諾が要件となっても、被告行員にとっては、不承諾の場合には、従前の退職金を受領して退職するか、雇用契約を継続するかという選択は可能であり、また、承諾となる前であれば、申し込みを撤回することも可能であって、いずれにしても従前の雇用条件の維持は可能であることから行員に著しい不利益を課すものとはいえない。したがって、本制度について承諾という要件を課すことが公序良俗に反するものとはいえない。

また、本制度は、その制度趣旨の実現のために、それぞれの利用申出者について制度趣旨に照らし個々に判断する必要があり、一般的な制度ではないから、特段の理由がないかぎり承諾すべき義務があるものともいえない。

原告は、規定や通達に記載されていない、被告の裁量を許す承諾という要件を課すことは許されないと主張するが、前述のとおり、本制度は制度趣旨からすれば個別判断が避けられないものであり、またそもそも当初の雇用条件にさらに条件を付加するものであるから、被告の裁量を許すところの条件である承諾を要件とすることも許されるべきである。また原告は、一旦退職の意思表示をした以上、忠誠心がないということで昇進の道も閉ざされることになり、事実上雇用契約継続が困難となる不利益があると主張するが、前記認定のとおり本制度の利用を申し出て、これを撤回し、後に昇格した者もいることからすれば、原告の右主張はたやすく是首できない。

3  原告主張(四)について

前記認定によれば、原告に対し退職強要がなされたと客観的に認めるに足りる証拠はない。また原告に対しては、制度の利用について不承諾の予定を告げて慰留することはなされなかったことは認められるものの、三名の上司からの退職の意向確認にも原告が退職の意向を変えなかったという経緯から、被告の人事部が本制度の利用の不承諾の予定を告げても原告に翻意させる可能性がないと判断したこともやむをえない面があり、被告の人事部において、原告に対し、不承諾の予定を告げて慰留しなかったことをもって信義則に反するとまではいえない。原告は制度が利用できないことが判明していれば退職の申し出をしなかったとも供述するが、原告が、本制度の不承諾通知後に改めて退職届を出していること(<証拠略>)などに照らしたやすく信用しえない。そしてそのほかに、原告につき、本制度の適用を認めないことが信義則に反するとまでの事情も認められない。

4  原告主張(五)について

本制度の運用の実態は、前記認定のとおりであり、被告において、本制度の利用に対して承諾する慣行があったとまでは認められない。

5  原告主張(六)について

原告の独自の理論であり、当裁判所の採用するところではない。

四  争点2について

前述のとおり被告には、原告の申し込みを承諾しなければならない義務はないから、割増退職金を支払わないことが、法律上の原因を欠くものとはいえず、原告の主張は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 川畑公美)

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